ドイツ留学中のゆりこの生活赤裸々告白ドキュメンタリー。
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最近日本で、
「高校生履修不足問題」という問題が発生してるらしい。
その話は最近ずっとニュースサイトに載っていて、気になる。
高校が、受験のために、高校でとるべき科目をとらせず、受験に必要な部分をより多く学ばせようとしていたらしい。
その高校って言うのは、つまり進学校で、ということは、
高校生も、親も、学校も、大学受験のために必死なのがすごく分かる事件。
今日の記事で、ある高校3年生が、
「学校側は、履修不足だと知りながらそのことを公表しない。何が『教育は人間形成の場』だ。受験のためなら何をやってもいい、というのは矛盾している。」
と言った。
他の生徒は、
「受験をひかえて今更使わない科目の補修を受けたくはないから公表しないで欲しい。」
と言った。
学校側は、受験のための勉強をさせなければ「何のための学校だ」と罵られ、
受験のための勉強ばかりさせれば、「受験のためなら何をやってもいいのか」とどっちにしろ罵られる。
ひとごとだからだろうけれど、
みんな言ってることがめちゃくちゃだ。
と思う。
まさに、日本の教育の悪循環が、明らかになった問題だと思う。
大学受験は、一生を決めるから、みんな必死なのが良く分かる。
でも、大学受験で人生が決まるもんでもない。
と大学生になって思う。
私の周りの大学生は、
受験戦争に勝った人、負けた人、そもそも受験戦争になど参加してない人が大学生になっている。
そして結局みんな友達になっている。
大学は、「出会いの場」だと誰かが言った。
「出会い系」の意味ではなくて、
新しい人との出会い、社会との出会い、いろいろな世界(分野)との出会い、自分との出会い。
そういう意味で出会いの場だと言った。
大学は、入らなくともそれはそれでいい人生がおくれるものだし、
有名な大学でなくても、出会いはある。
大学はすばらしいところだけど、戦争を見てきた受験生にとっては、
あまりに自由すぎて、期待したほどではない。
別に何を期待したってわけじゃないけど、戦争の代価がこれか・・・って味気なさを多少感じる。
あんなに選択肢のない、ただ勉強するしかない、
目には見えない「能力」ってものを、
数字に置き換えられて測られて、
数字のために努力をする。
でも努力のぶんだけ報われるわけでもない。
報われないときもある。
っていう状況から、
逆に選択肢をあげようがないほどの自由な場所に、
そして数字やお金で測れない何かを学ぶ場所に、
急に放り出される。
自由を手に入れることはすばらしいけど、
そのための代価が、あまりにも自由とかけ離れたもののように感じる。
これが日本の教育の姿なんだろうか。
と、ドイツで考えるゆり子。
まず自分の心配すべきね。
「高校生履修不足問題」という問題が発生してるらしい。
その話は最近ずっとニュースサイトに載っていて、気になる。
高校が、受験のために、高校でとるべき科目をとらせず、受験に必要な部分をより多く学ばせようとしていたらしい。
その高校って言うのは、つまり進学校で、ということは、
高校生も、親も、学校も、大学受験のために必死なのがすごく分かる事件。
今日の記事で、ある高校3年生が、
「学校側は、履修不足だと知りながらそのことを公表しない。何が『教育は人間形成の場』だ。受験のためなら何をやってもいい、というのは矛盾している。」
と言った。
他の生徒は、
「受験をひかえて今更使わない科目の補修を受けたくはないから公表しないで欲しい。」
と言った。
学校側は、受験のための勉強をさせなければ「何のための学校だ」と罵られ、
受験のための勉強ばかりさせれば、「受験のためなら何をやってもいいのか」とどっちにしろ罵られる。
ひとごとだからだろうけれど、
みんな言ってることがめちゃくちゃだ。
と思う。
まさに、日本の教育の悪循環が、明らかになった問題だと思う。
大学受験は、一生を決めるから、みんな必死なのが良く分かる。
でも、大学受験で人生が決まるもんでもない。
と大学生になって思う。
私の周りの大学生は、
受験戦争に勝った人、負けた人、そもそも受験戦争になど参加してない人が大学生になっている。
そして結局みんな友達になっている。
大学は、「出会いの場」だと誰かが言った。
「出会い系」の意味ではなくて、
新しい人との出会い、社会との出会い、いろいろな世界(分野)との出会い、自分との出会い。
そういう意味で出会いの場だと言った。
大学は、入らなくともそれはそれでいい人生がおくれるものだし、
有名な大学でなくても、出会いはある。
大学はすばらしいところだけど、戦争を見てきた受験生にとっては、
あまりに自由すぎて、期待したほどではない。
別に何を期待したってわけじゃないけど、戦争の代価がこれか・・・って味気なさを多少感じる。
あんなに選択肢のない、ただ勉強するしかない、
目には見えない「能力」ってものを、
数字に置き換えられて測られて、
数字のために努力をする。
でも努力のぶんだけ報われるわけでもない。
報われないときもある。
っていう状況から、
逆に選択肢をあげようがないほどの自由な場所に、
そして数字やお金で測れない何かを学ぶ場所に、
急に放り出される。
自由を手に入れることはすばらしいけど、
そのための代価が、あまりにも自由とかけ離れたもののように感じる。
これが日本の教育の姿なんだろうか。
と、ドイツで考えるゆり子。
まず自分の心配すべきね。
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昨日は、Zeitumstellungでした。
日本語に直訳するとつまり、
「時間の変更」なのだけど、
実際は、
「サマータイムとウィンタータイムの変更」
ということです。
10月29日午前3時、ドイツでは一斉にZeitumstellungが行われていたらしいですが、
まき&ゆり子はそんなこと露知らず、
映画館に行くことにしました。
観たい映画は17時から上映。そして時刻は16時半。
あわててバスに乗り、「間に合うかなー?」とか言いながら急いで映画館へ!!
17時ちょっと前、映画館。
間に合ってよかった!
急いでチケットを買ったけど、なんか、今日閑散としてる・・・。
ドイツ人は日曜英が見ないのかしら?
もうすでにみんな部屋に入っちゃってるのかしら?
と思いながら上映される部屋のドアを開けようとしたその時・・・
”Nein, nein, nein! Der Film leuft noch! ”
と店員さん。
???
前の映画が終わってないって?
もう17時なのに?
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
oh, scheisse...
店員さん、笑。
まき&ゆり子、苦笑。
恥ずかし。
しかし身をもってサマータイムを実感したのでした。
異文化体験!!!!!!
めでたし!!!!
.
★サマータイムについて補足トリビア(死語?)★
サマータイムは、18世紀からその考え方はあったものの、1916年4月30日から10月1日までドイツで導入されたのがはじまり!
同年5月21日から10月1日までイギリスも導入した。
サマータイム導入の目的は、日が落ちるのが早い冬、早く仕事を始めて早く終わりにすることによって、電気代などのエネルギーを節約することなのだそうな!
日本でも1948年から4年間「夏時刻法」を制定して、サンマータイムという名称でサマータイムを導入したけども、それにより、農家の生活リズムに支障が出たり、公務員の出勤時間ガ早まって、会社員の出勤時間と一致し、鉄道・バスなどが「殺人的な混雑」になったため廃止になったらしい。
「殺人的な混雑inサマー」ってどうしようもないね。
(参考・Wikipedia)
さらに詳しいことは、ココに載ってるので興味があったら読んでみてね!!
日本語に直訳するとつまり、
「時間の変更」なのだけど、
実際は、
「サマータイムとウィンタータイムの変更」
ということです。
10月29日午前3時、ドイツでは一斉にZeitumstellungが行われていたらしいですが、
まき&ゆり子はそんなこと露知らず、
映画館に行くことにしました。
観たい映画は17時から上映。そして時刻は16時半。
あわててバスに乗り、「間に合うかなー?」とか言いながら急いで映画館へ!!
17時ちょっと前、映画館。
間に合ってよかった!
急いでチケットを買ったけど、なんか、今日閑散としてる・・・。
ドイツ人は日曜英が見ないのかしら?
もうすでにみんな部屋に入っちゃってるのかしら?
と思いながら上映される部屋のドアを開けようとしたその時・・・
”Nein, nein, nein! Der Film leuft noch! ”
と店員さん。
???
前の映画が終わってないって?
もう17時なのに?
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
「今日からもうサマータイムじゃないのよ。」
oh, scheisse...
店員さん、笑。
まき&ゆり子、苦笑。
恥ずかし。
しかし身をもってサマータイムを実感したのでした。
異文化体験!!!!!!
めでたし!!!!
.
★サマータイムについて補足トリビア(死語?)★
サマータイムは、18世紀からその考え方はあったものの、1916年4月30日から10月1日までドイツで導入されたのがはじまり!
同年5月21日から10月1日までイギリスも導入した。
サマータイム導入の目的は、日が落ちるのが早い冬、早く仕事を始めて早く終わりにすることによって、電気代などのエネルギーを節約することなのだそうな!
日本でも1948年から4年間「夏時刻法」を制定して、サンマータイムという名称でサマータイムを導入したけども、それにより、農家の生活リズムに支障が出たり、公務員の出勤時間ガ早まって、会社員の出勤時間と一致し、鉄道・バスなどが「殺人的な混雑」になったため廃止になったらしい。
「殺人的な混雑inサマー」ってどうしようもないね。
(参考・Wikipedia)
さらに詳しいことは、ココに載ってるので興味があったら読んでみてね!!
ドイツ時間11:30。
やっと目を覚ましました。
昨日は夜すごく寒くて、雨が降ってました。
なので大学でやってるらしいパーティーには行かず、
ゆり子宅でまきとおはなししてました。
ゆり子宅にはアルコール常備ですから、ちびっとだけ飲んで、
映画の予告編を観てました。
「プラダを着た悪魔」観る!と思いました。
msnビデオでは、近日公開の映画の予告や出演者のインタビューなどが観れます。
まきとゆり子は、「プラダを着た悪魔」で主役を演じた、アン・ハサウェイのインタビューを観ました・・・
7分以上にもなるインタビューで、
はじめは・・・ドタバタな主人公と自分は正反対!・・・とセレブぶりを発揮するも、
・・・チッ・・・とか思いながらもVTRを観ていくうち、
「パーフェクトよりインテリジェントでありたい」
「人生は楽しむものであって怖がるものではない」
「私はサバイバー」
「名声にとらわれないで実力を磨くことが大事・・・簡単に手に入るものを信用してるようじゃだめ」
・・・と、数々の言葉をさっくりと言い放ち、
・・・かっこいい!!!
と思ってしまったまき&ゆり子。
「プラダを着た悪魔」はオルデンブルグで公開中!
日本でも11月半ばに公開だったよ!
ストーリーはココ→
でチェキラ
その後海外ドラマに詳しい
金村真紀さん(21)から
Lostのシーズン1のあらすじを聞き、
ゆり子トイレに行くのも怖くなる・・・
そして20thVOXのページで24のストーリーをチェキラし、
興奮
して疲れ、
ゆり子眠くなる・・・
気がついたら今朝。
まきはどうやら別の部屋で寝ている模様・・・
今日も寒いけど、天気が良さそうなので街に繰り出したい!
そして映画でも・・・
と思ってるんです
やっと目を覚ましました。
昨日は夜すごく寒くて、雨が降ってました。
なので大学でやってるらしいパーティーには行かず、
ゆり子宅でまきとおはなししてました。
ゆり子宅にはアルコール常備ですから、ちびっとだけ飲んで、
映画の予告編を観てました。
「プラダを着た悪魔」観る!と思いました。
msnビデオでは、近日公開の映画の予告や出演者のインタビューなどが観れます。
まきとゆり子は、「プラダを着た悪魔」で主役を演じた、アン・ハサウェイのインタビューを観ました・・・
7分以上にもなるインタビューで、
はじめは・・・ドタバタな主人公と自分は正反対!・・・とセレブぶりを発揮するも、
・・・チッ・・・とか思いながらもVTRを観ていくうち、
「パーフェクトよりインテリジェントでありたい」
「人生は楽しむものであって怖がるものではない」
「私はサバイバー」
「名声にとらわれないで実力を磨くことが大事・・・簡単に手に入るものを信用してるようじゃだめ」
・・・と、数々の言葉をさっくりと言い放ち、
・・・かっこいい!!!
と思ってしまったまき&ゆり子。
「プラダを着た悪魔」はオルデンブルグで公開中!
日本でも11月半ばに公開だったよ!
ストーリーはココ→
でチェキラ
その後海外ドラマに詳しい
金村真紀さん(21)からLostのシーズン1のあらすじを聞き、
ゆり子トイレに行くのも怖くなる・・・

そして20thVOXのページで24のストーリーをチェキラし、
興奮
して疲れ、ゆり子眠くなる・・・

気がついたら今朝。
まきはどうやら別の部屋で寝ている模様・・・
今日も寒いけど、天気が良さそうなので街に繰り出したい!
そして映画でも・・・

と思ってるんです
自分のいつもやってることが、キャリアカウンセリングだと、今日気づいた。
今日も、遅めに起き(てゆうか昨日寝たの朝)、軽くご飯を食べて、
ミクシーとホットメールをチェックし、
大好きな「MSN毎日インタラクティブ」(すごく読みやすいし、日本のニュースがかなり分かりやすく書かれている毎日新聞とMSN共同のインターネットニュースサイト)をチェックし、
気になったワードをさらにネットで調べたり、
日々気になること(最近の話題は「ジプシー」)や他の人のブログなどを読んでいて気になったことを調べたりして・・・
といつものようにネットサーフィンをしてた。
しかし、今日は調子がよく、てゆうか最近心の調子がよくて、
・・・っていうのはたぶん先月まで抱えていたユーロおろせない問題(もう解決したから詳しく書かないけど)と、学校の授業が始まり、その授業が充実していて、体調もまあよいっていうのがたぶん原因で、
この調子のよさを持続するにはどうしたらいいんだろうか?
って考えがふと頭に浮かび、
また趣味の、自己分析が始まった。
調子が悪いとき、ゆり子は自己分析をする。
そうすると、頭と心がすごくすっきりして、ポジティブになる。
ゆり子の特徴である、常時ポジティブシンキングは、この自己分析の賜物である。
自己分析って言っても、50%は自己満足でできていて、
だいたい紙に書いて行われるのだけど、
いつもA4の紙なら3枚くらいで、自己満足・自己完結する。
そして結果として、大体は、
「ゆり子、あんた強い!元気!すごい!」
と自画自賛して、っていうか、自分を励まして終わる。
でも、「あたしって生きてても価値ない人間だわ・・・」っていうすごい極端にネガティブな状況から、
「ゆり子最高!!」までモチベーションアップできるんだから、あたしは結局幸せものだ。
ゆり子の自己分析の歴史は、
2004年、2年前にさかのぼる。
2004年と言えば、7月まで1回目のドイツ留学していた時期。
2004年4月。留学は残り3ヶ月となり、ってことはつまりすでに留学生活9ヶ月を終えたところだった。
普段はドイツの高校に通っていたのだけど、高校が春休みの時、
2004年1月までゆり子の日本の家にホームステイしていたオランダ人のぺペンの家族に、
オランダに招待してもらい、オランダに旅行した。
当時日本でも高校生だったゆり子、ぺペンは1コ下の男の子で、同じ高校に通っていたけど、
ゆり子はぺペンの留学中にドイツ留学に来たので、彼とは日本で4ヶ月しか一緒に生活しなかった。
なのでぺペンのことは、そこまでよく知ってはいなかったけど、
その4月にあった時、彼は1年の日本留学を終えて、すごく日本語がしゃべれるようになっていたし、
ゆり子も留学して9ヶ月経っていたので、話が弾んだのを今でも覚えてる。
実際楽しいオランダ旅行けど、
当時のゆり子は、今から思えば、ものすごいストレスがたまっていた。
9ヶ月間、ふつうの女子高生だったゆり子が(高校の先生に言わせれば留学前から「奇抜」だったらしいけども)、
今まで17年間暮らしてきた日本を、17年間一緒にいた家族を離れ、
ドイツ語がまったく話せない状態で(しかも英語も知ってはいたけどすごいしゃべれたわけじゃなかったし)、日本人一人ぼっちで、
しかもドイツ人ですら「あそこはドイツじゃない」と10人に10人が言うバイエルンの、田舎で、
いきなりドイツの高校生として暮らしていたんだから、
ストレスがたまらないわけが無い!!!
文化の違い、誤解から、ホストファミリーともあまりうまくいってなくて、
すでに9ヶ月間いたからドイツ語は日常会話なら80%分かり、文化も多少は慣れたはずだけど、
やっぱり9ヶ月で全部慣れろっていうのはムリで、
毎日つけていた日記は、今でも読み返すと泣けるほど、
「つらい」って言葉ばかり書かれていた。
それでもゆり子のことだから、なるべく元気でいようとは思っていたのだけど、
よく体調を崩していたし、授業もサボったりして、
そんくらいしないといくらなんでももたねぇや、
って開き直ったりしていた。
いちお、当時17歳のゆり子はそれでバランスを取っていたはずなんだけど・・・
ここでまたオランダ人のホストブラザー、ぺペンの話にもどすと、
ぺペンのママ、ヨランダはカウンセラー(ソーシャルワーカーだったかも)だった。
オランダのぺペンの家に何日か泊まっていて、
ぺペンと話していた時、ゆり子はぺペンに「本当はすごくつらい。日本に帰りたいよ。」って気持ちを打ち明け、そしたらその瞬間もうなんともいえない悲しい気持ちになって、どうしようもなくなった時があった。
その時心配してくれたヨランダは、ゆり子に、こんなことを言ってくれた。
「辛いときは、なんでも書きなさい。自分の気持ちを、どんな小さいことでもいいから、全部紙に吐き出しちゃいなさい。」
ゆり子はドイツに帰り、
不満、愚痴、不安、悲しかったこと、自分が成長したと思ったこと、嬉しかったこと、
前の日記を読み返しながら、
溜めていたものを、全部、紙に書き出して、
その紙は涙でくっしゃくしゃになり、インクがにじんで、文字がかすんで、もうわけが分からなくなり、
でも、涙がとまり、溜めていたものをすべて吐き出したら、
それまでの9ヶ月間、
自分は周りに対してどう接してきたのか、留学がゆり子に何を与えたのか、
その当時で考えられるだけの内容だったけど、
答えが出た気がした。
その時から、落ち込んだら、まず、自分の気持ちを全部紙に書き出して、
自己分析をするようになった。
それから、もうひとがんばりしたいとき、目標を見失いそうになったとき、すごい荒れたあと、その原因を分析したりするのに、
自己分析をするようになった。
そして、自己分析をすることが趣味になっていて、
今日、それが自分に対してキャリアカウンセリングをしていることと同じだってことに気づいた。
今日は、普通の日で、
まだジャージにめがねですっぴんだけど、
なんかすごく大きな一歩を踏み出しちゃったような気がした。
といってもゆり子はまだまだ青い20歳なのだがね。
きっと、これを読んでる皆さんは、ゆり子のパワーの源が何なのか、少し分かったんじゃないかな・・・。
そして、これからもそんな浮き沈みの激しいゆり子を、暖かい目で見守ってくれたら、
すごく嬉しいかも。
これは、ドイツにいるからゆっくり考えられたことだ。と思うので、
改めて親や兄弟、家族、いままでお世話になった人にすごく感謝してます。
てゆかこれ、たぶんお父さん、お母さんにもあんまりしたこと無い話だね。
ドイツ来てよかった!
ぷぷ。
今日も、遅めに起き(てゆうか昨日寝たの朝)、軽くご飯を食べて、
ミクシーとホットメールをチェックし、
大好きな「MSN毎日インタラクティブ」(すごく読みやすいし、日本のニュースがかなり分かりやすく書かれている毎日新聞とMSN共同のインターネットニュースサイト)をチェックし、
気になったワードをさらにネットで調べたり、
日々気になること(最近の話題は「ジプシー」)や他の人のブログなどを読んでいて気になったことを調べたりして・・・
といつものようにネットサーフィンをしてた。
しかし、今日は調子がよく、てゆうか最近心の調子がよくて、
・・・っていうのはたぶん先月まで抱えていたユーロおろせない問題(もう解決したから詳しく書かないけど)と、学校の授業が始まり、その授業が充実していて、体調もまあよいっていうのがたぶん原因で、
この調子のよさを持続するにはどうしたらいいんだろうか?
って考えがふと頭に浮かび、
また趣味の、自己分析が始まった。
調子が悪いとき、ゆり子は自己分析をする。
そうすると、頭と心がすごくすっきりして、ポジティブになる。
ゆり子の特徴である、常時ポジティブシンキングは、この自己分析の賜物である。
自己分析って言っても、50%は自己満足でできていて、
だいたい紙に書いて行われるのだけど、
いつもA4の紙なら3枚くらいで、自己満足・自己完結する。
そして結果として、大体は、
「ゆり子、あんた強い!元気!すごい!」
と自画自賛して、っていうか、自分を励まして終わる。
でも、「あたしって生きてても価値ない人間だわ・・・」っていうすごい極端にネガティブな状況から、
「ゆり子最高!!」までモチベーションアップできるんだから、あたしは結局幸せものだ。
ゆり子の自己分析の歴史は、
2004年、2年前にさかのぼる。
2004年と言えば、7月まで1回目のドイツ留学していた時期。
2004年4月。留学は残り3ヶ月となり、ってことはつまりすでに留学生活9ヶ月を終えたところだった。
普段はドイツの高校に通っていたのだけど、高校が春休みの時、
2004年1月までゆり子の日本の家にホームステイしていたオランダ人のぺペンの家族に、
オランダに招待してもらい、オランダに旅行した。
当時日本でも高校生だったゆり子、ぺペンは1コ下の男の子で、同じ高校に通っていたけど、
ゆり子はぺペンの留学中にドイツ留学に来たので、彼とは日本で4ヶ月しか一緒に生活しなかった。
なのでぺペンのことは、そこまでよく知ってはいなかったけど、
その4月にあった時、彼は1年の日本留学を終えて、すごく日本語がしゃべれるようになっていたし、
ゆり子も留学して9ヶ月経っていたので、話が弾んだのを今でも覚えてる。
実際楽しいオランダ旅行けど、
当時のゆり子は、今から思えば、ものすごいストレスがたまっていた。
9ヶ月間、ふつうの女子高生だったゆり子が(高校の先生に言わせれば留学前から「奇抜」だったらしいけども)、
今まで17年間暮らしてきた日本を、17年間一緒にいた家族を離れ、
ドイツ語がまったく話せない状態で(しかも英語も知ってはいたけどすごいしゃべれたわけじゃなかったし)、日本人一人ぼっちで、
しかもドイツ人ですら「あそこはドイツじゃない」と10人に10人が言うバイエルンの、田舎で、
いきなりドイツの高校生として暮らしていたんだから、
ストレスがたまらないわけが無い!!!
文化の違い、誤解から、ホストファミリーともあまりうまくいってなくて、
すでに9ヶ月間いたからドイツ語は日常会話なら80%分かり、文化も多少は慣れたはずだけど、
やっぱり9ヶ月で全部慣れろっていうのはムリで、
毎日つけていた日記は、今でも読み返すと泣けるほど、
「つらい」って言葉ばかり書かれていた。
それでもゆり子のことだから、なるべく元気でいようとは思っていたのだけど、
よく体調を崩していたし、授業もサボったりして、
そんくらいしないといくらなんでももたねぇや、
って開き直ったりしていた。
いちお、当時17歳のゆり子はそれでバランスを取っていたはずなんだけど・・・
ここでまたオランダ人のホストブラザー、ぺペンの話にもどすと、
ぺペンのママ、ヨランダはカウンセラー(ソーシャルワーカーだったかも)だった。
オランダのぺペンの家に何日か泊まっていて、
ぺペンと話していた時、ゆり子はぺペンに「本当はすごくつらい。日本に帰りたいよ。」って気持ちを打ち明け、そしたらその瞬間もうなんともいえない悲しい気持ちになって、どうしようもなくなった時があった。
その時心配してくれたヨランダは、ゆり子に、こんなことを言ってくれた。
「辛いときは、なんでも書きなさい。自分の気持ちを、どんな小さいことでもいいから、全部紙に吐き出しちゃいなさい。」
ゆり子はドイツに帰り、
不満、愚痴、不安、悲しかったこと、自分が成長したと思ったこと、嬉しかったこと、
前の日記を読み返しながら、
溜めていたものを、全部、紙に書き出して、
その紙は涙でくっしゃくしゃになり、インクがにじんで、文字がかすんで、もうわけが分からなくなり、
でも、涙がとまり、溜めていたものをすべて吐き出したら、
それまでの9ヶ月間、
自分は周りに対してどう接してきたのか、留学がゆり子に何を与えたのか、
その当時で考えられるだけの内容だったけど、
答えが出た気がした。
その時から、落ち込んだら、まず、自分の気持ちを全部紙に書き出して、
自己分析をするようになった。
それから、もうひとがんばりしたいとき、目標を見失いそうになったとき、すごい荒れたあと、その原因を分析したりするのに、
自己分析をするようになった。
そして、自己分析をすることが趣味になっていて、
今日、それが自分に対してキャリアカウンセリングをしていることと同じだってことに気づいた。
今日は、普通の日で、
まだジャージにめがねですっぴんだけど、
なんかすごく大きな一歩を踏み出しちゃったような気がした。
といってもゆり子はまだまだ青い20歳なのだがね。
きっと、これを読んでる皆さんは、ゆり子のパワーの源が何なのか、少し分かったんじゃないかな・・・。
そして、これからもそんな浮き沈みの激しいゆり子を、暖かい目で見守ってくれたら、
すごく嬉しいかも。
これは、ドイツにいるからゆっくり考えられたことだ。と思うので、
改めて親や兄弟、家族、いままでお世話になった人にすごく感謝してます。
てゆかこれ、たぶんお父さん、お母さんにもあんまりしたこと無い話だね。
ドイツ来てよかった!
ぷぷ。

学生寮1Fのダイニングで撮影